昔々、統合失調症になったらどうしてたの?本から見つけたやつ書いておく

お久しぶりです。多忙すぎて久々の更新になりました。最近は医療の歴史とか読んでます。その中で前から気になっていた

原始時代とかに統合失調症になったら、一体どうしてたんだろう?

という疑問がありまして。たまたま読んでいた複数の本からそのヒントになりそうなことが記されていたのでこちらで共有しておきます。

どうぞ半信半疑で読んでください。私もそうなので。

目次

  • 国や時代による違い
  • 1、スリランカの場合
  • 2、インドの場合
  • 3、江戸時代の場合
  • これらの共通点
  • 病気は社会が生み出している
  • 厚労省HPにあった気になる数字

国や時代による違い

私が読んだ本の中から見つけたものを、ふたつ紹介します。

1、スリランカの場合

こちら、「生きる勉強」というスリランカの仏教の偉い方と、精神科医の香山リカさんの対談本から。一時期、仏教おもしろくて読んでいたときに見つけたものです(ちなみに私は無宗教)。

その偉い方が語った一節です。

妄想していることを喋っている人がいます。明らかに病気ですけど「あ、あの人ちょっとおかしい」、それで終わっちゃうんです。

あんまり大げさに考えない。それも仏教の世界の感覚。まわりがそんな感じだから、本人もなんとなく治療を受けずに状態がよくなって終わってしまうケースもあります。

ちなみにスリランカの人口10万人あたりの精神病院数は最下位(173位、国際統計格付けセンターより)

そもそも、お金ないと病院行けないのでしょう。この一節からすると「一部、勝手に良くなってしまう人がいる」という感じでしょうか。

2、インドの場合(聞いた話)

アメリカの看護師の友人に聞いて少々驚いたことがあるので箇条書きにします。

  • インドだと統合失調症になると「お前、神の声聞こえるの!?すげーー!」となる
  • みんな集まって話聞きに来たり、食べ物くれたりする
  • そのうち良くなる

そんなことを話してました。あとアメリカの教科書にも、そのようなことが書いてあるんだとか(未確認)。

みんなが話を聞きに来るあたりはオープンダイアローグっぽいなーと思ったり(詳しくは知らないけど)、「否定も肯定もしない」の逆を行ってるなーと思ったり。

まーこれはあくまで人から聞いた話ってことで。

3、江戸時代の場合

こちらは江戸時代に日本を訪れた外国人達が「日本なんかスゲー!」と書き残した記録を集めた本「逝きし世の面影」。こちらの「第十四章  心の垣根」から抜粋。

フォーチュンはディクソンら友人とともに鎌倉を訪ねていたが、町中に入ると女が一人道路の真中に坐りこみ、着物をぬいで裸になって煙草を吸い始めた。明らかに気が違ってるのだった。

(略)彼女は善良そうで、子どもたちもおそれている風はなかった。フォーチュンたちはそれから大仏を見物し、茶屋へ帰って昼寝したが、フォーチュンが目ざめて隣室を見やると、さっきの狂女が、ぐっすり寝込んでいる一行の一人の枕許に坐って、うちわで扇いでやっていた。

そしてときどき手を合わせて、祈りの言葉を呟くのだった。彼女はお茶を四杯とひとつかみの米を持って来て、フォーチュン一行に供えていた。「一行がみんな目を覚まして彼女の動作を見つめているのに気づくと、彼女は静かに立ち上がって、われわれを一顧だにせず部屋を出て行った」(1)

狂女は茶屋に出入り自由で、彼女のすることを咎める者は誰もいなかったのだ。当時の文明は「精神障害者」の人権を手厚く保護するような思想を考えつきはしなかった。しかし、障害者は無害であるかぎり、当然そこにあるべきものとして受け容れられ、人びとと混ざり合って生きてゆくことができたのである。

この狂女についてはディクソンが後日譚を伝えている。それによると、彼女はその後病から回復して、ある中国人と結婚し男の子をもうけたが、中国人が男の子を連れて帰国したあと再び狂気に陥り、ディクソンが明治十六年に再来日したとき、以前より悪い状態で生存していたという。

結果的にこの女性は悪化してしまったようです。ただ精神障害があっても、社会に溶け込んでいた。そして健康な時期があった。ということが分かりますね。

ちなみに当時のヨーロッパは、このような障害者を隔離政策の対象としていたため、日本でこのような扱いをしていることに驚き、記録として残していたようです。

これらの共通点

スリランカ、インド、江戸時代と見てきましたが、この3つに共通するのは「患者の周りの反応」。

現代なら「あいつヤベー、病院いれろ」となるりますが、単純に放置されてます。宗教などの違いはありますが、共通しているのは「周りが騒がない」といったところでしょうか。

病気は社会が生み出している

昔、ヨーロッパで活動していた社会精神医学派の医師達はこのように言っていたようです。疾患は違いますが、痴漢が多い国には特徴があります。

ジェンダー差が大きい(簡単にいうと男尊女卑)、満員電車がある国(イギリスとか)が痴漢の多い国の特徴だとか。

ちなみに外国人が日本で生活しているうちに痴漢になってしまうケースも多いそうです。そう考えると、現代社会の常識やルールが病を生み出したり、障害者や疾患と言う枠組みを作ってるのでは?

病気は社会が生み出している、という言葉は一理あるなと。

厚労省HPにあった気になる数字

時点有病率というものが記載されています。急性一過性精神障害のこと?と思いましたがどうなんでしょう。一時的に発症してしまう方がいるということでしょうか?

スリランカ、江戸時代のケースはこれに当てはまりそうです。

いかがでしょうか?世界で初めて抗精神病薬ができたのは約70年前(1950年頃)。医学の歴史からすると比較的新しいです。

先に挙げた国や時代の例で言うならば「薬のない場所や時代」。とは言え、これらを読んで正直な感想は半信半疑。

こういった類のものを「反精神医療だ!」という方もいらっしゃるでしょう。私自身は別に薬や医療を否定するつもりは全くありません。

ただ、精神科臨床に携わっている方なら、薬以上に必要なケアがあることはなんとなく理解できる方は多いと思います。

まだできることは沢山あると思うのです。そんなケアが増えたとしたら。

それって夢ありません?

言いたいのはそれだけです。

https://twitter.com/seasar_sa1ada/status/1103086035594964992

参考文献

逝きし世の面影/渡辺京二

生きる勉強/アルボムッレ・スマナサーラ、香山リカ

男が痴漢になる理由/斉藤章桂

西欧精神医学の背景史/中井久夫

精神医学の歴史―隔離の時代から薬物治療の時代まで/エドワード・ショーター

(1)Fortune, ibid. pp. 228~9, pp. 233~4 (Dickson, ibid., p. 136)

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする