看護師?ダンサー?猟師?この人、何者?自殺から学んだ人生と自己紹介

※随時更新中(2019.6)

初めまして。私、シーサーといいます。40歳手前の沖縄生まれ。

精神科一筋12年の看護師です。

現在は病院ではなく、複数の仕事をするパラレルワーカー。最近ではマルチ・ポテンシャライトととも言うようです。私の仕事をざっくり3つにまとめると

看護師・ダンサー・半原始人です。つっこみどころありすぎですね。それぞれの項目を掘り下げると校長先生の朝会なみに長くなるので箇条書きします。

現在の仕事

大学の非常勤教員

企業

ダンサー(所属:TeamBlackStarz)

ダンス教室経営

自宅で大型家庭菜園(30kg玄米運搬中)

今年、狩猟免許取得予定

意味分からないですね。私もそう思います。

ざっくり今までの経歴

  • 高3、好きな子が看護師を目指すと聞き進路決定
  • 下心な努力で推薦合格(好きな子は落ちた)
  • 看護学校の女社会、教育の理不尽さにやられ自主留年。しばらく遊びたおす
  • それでも足りず卒後、看護とは無関係のバイトでフリーター3年
  • 友人の紹介で精神科病院に就職
    高齢者慢性期1年
    急性期3年
    開放病棟3年
    社会復帰病棟3年
  • 正職員からパート勤務に。併行して大学非常勤開始(現在も継続)
  • エグザイルの流行りに便乗しダンス教室を始める
  • 翌年病院を退職し、精神科訪問看護(依存症特化)で1年半
  • 同時期にダンサーを本職にする
  • 意図せずツイッターでバズり有名人に
  • イベントしてみたら意外とウケて企画屋に

下心で看護師目指した時点でいろいろ躓いてますね。

自殺を見続けた結果、パラレルワーカーに

40手前という年齢まで来て、なぜこんな働き方をしてるのか?主な理由は、関わった患者10数人を自殺という最後で見送ってきたからです。

毎年1人、知っている患者さんが自殺で亡くなるのをみて、自分の人生について考えさせられました。

自殺する人達はやめられない仕事、養うべき家族などそれぞれの事情がありました。手放すことも、抱え続けることもできずに死を選ぶ人がほとんど。

それをみてるうちに本当に死を選ぶ必要があったのか?と考えることが多くなりました。だからこそ今があるのですが、できれば経験したくなかったです。

自分の仕事に疑問を感じる

そしてもうひとつ。薬物療法に偏りがちな精神医療に疑問を感じたからです。最近では心理療法・精神療法が発達してきていますが、やはり薬だけに頼りたい患者さんも多いことにも疑問を感じていました。

薬が必要な人、必要な時期もあります。ただ薬を使うことで、ストレスの根本に向き合えない患者さんは多く、もどかしく思うことも多々。

それでも、なぜ薬に頼りたくなるかを問い、考えていくうちに社会のあり方などについても考えるように。

ただそうなると自分では変えられない膨大な範囲に及んでしまいモンモンとするだけになってしまいました。

自分が変わればいい

ある時から「あ、自分がやってみせればいいのか」という方向で考えるように。

自分自身が

「好きなことでも生活できる」

「もうちょい楽に生きれる」

という一事例になればいいんだ

と。その結果、やりたい仕事を徐々に増やしのが今のライフスタイルです。

今後の目標、はない

正直なところ目標は設定していません。その時の情勢によって変わるので柔軟に対応するためです。ただ人生の指針として

誰もが自分の裁量で豊かに生きれる社会

それを自分の生き方で体現する

としています。目先の方向性としては

  1. ストイックではない半自給自足を目指す
  2. 自分で自分を治す(直す)、を当たり前に
  3. お金はちゃんと稼ぐ

簡単に言うと「お金をしこたま稼ぐ原始人」というイメージでいます。

このブログで発信していくこと

ブログのタイトルどおり、ひとつのオープンソースだと思ってます。私の「少しブっとんだ生き方」を見て、少しラクに生きれる人がいれば万々歳です。

急に「看護部長になる!」とか言い出すかもしれません。その時は何卒よろしくお願いします。

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