イジメ加害者の心理、なぜかそれを止めない周りの心理。社会学から考える病院でのイジメ その1

※2/11加筆

本からそのまま引用した文章が多いです。本のパクリに近いのかも知れません。ぜひ原著を読んで欲しいと思います

看護師の適応障害について調べたとき、いじめに関する社会学の文献を使ったのですが、頷く内容が多かったのでここに記していきます。

医療界では、研修医いじめ、新人いじめなど様々な「いじめ」に遭遇します。人々の命を救う良識をもった医療者の中で何故いじめが起こるのか?

長文になったので2回に分けて書きます。今回は加害者側の心理、集団で起こる作用について。面白おかしいものではないです。

いじめ研究家でもなければ学者でもない看護師が、メモ程度に書いたものです。

目次

  • いじめ加害者の心理
  • いじめることのメリット
  • 良識を持った医療者の間でイジメが起こるのはなぜか?
  • 周りの人は何故いじめを止めない?
  • イジメ加害者の大義名分

いじめ加害者の心理

加害者は、実は「いじめられた経験」がある

いじめられた経験を「浄化するため」に、自分がいじめる側にまわってしまうことがある。イジメを研究する社会学者、内藤朝雄はこのように述べている。簡単に説明すると

  • いじめられた辛い経験は、通常の記憶とは切り離され(解離)記憶される
  • この切り離された辛い記憶は、漠然とした不安やみじめな気分を持続させる
  • このような者がイジメる側のチャンスを得ると「浄化の儀式にとりつかれる」

これが「イジメ」が起こるメカニズムのひとつ。これ読んで察した方も多いでしょうが「お局化」の始まりはここにあるのかもしれません。

加害者は「過去の自分」を演じさせている

  • 誰かをいじめることで「いじめられた過去の自分」を相手に演じさせる
  • 同時に、過去に自分を「いじめた相手を自分自身」が演じる
  • それにより「いじめた確認をする」
  • 結果、過去の「いじめられてた惨めな自分」から少し離脱した気になれる(浄化)

これらが無意識のうちに行われてしまうと言われている。

「私達の新人時代はもっと怖い人がたくさんいた」

そんなことをいう輩の看護師に限って、というところか。だから私達のやっていることはいじめではない、と言いたいのかもしれない。

お局は、おそらく新人時代に受けたいじめを無意識のうちに浄化しているのかも。

なぜ相手にイラつくのか?

「あんたがミスしたからこっちは注意してんの。それでいてオドオドされると余計イラつくんだけど」

などと言わわれたことはないだろうか?その言い方ではオドオドするのが普通だ。

しかし何故、先輩は「オドオドされるとイラつく」のか?その理由のひとつとして「昔の自分を見てるようだから」ということも考えらる。

人は、嫌いな相手に自分の嫌いなところ見て嫌悪感を抱く。

  • 新人がおどおどしている、仕事ができない、ミスをする
  • 新人だった頃のダメな自分を見ているようでイライラ
  • 新人をいじめる対象にしてしまう

自分が「できるようになったこと」を何でできないの!?と思ってしまうのである。できなくて当然なのだが…

イジメることのメリット

浄化という言葉で説明したように、いじめる側のメリットは単純で「いじめられた過去を浄化したいから」である。

自分が被害者から攻撃者になること、相手を一方的に被害者にする。過去のいじめ体験を逆の立場で再現することで自らを癒そうとする。同じく内籐朝雄によると、

いじめられた辛い体験を「生きうる」「生きるに値するもの」へと変えようとする (すげー迷惑)

と述べており、これを「体験加工」と呼んでいる。この体験加工、実はたくさんの人が行っており、その積み重ねがいじめを増やし続ける原因になってとのこと。

もちろん加害者達は「嫌な過去を浄化してやる」と思ってやってるわけではない。無意識でやっている。だからタチが悪い。

良識を持った医療者の間でイジメが起こるのはなぜか?

集団という視点から考える

病棟で起こる以上、周りにいるのも医療者。しかし、その人達は何故いじめを止めないのか?医学書院の教科書「精神看護の基礎 関係の中の人間」でこのような言葉がある

集団というのは、その中で不安が生じると退行し、依存的になるからである。

実は集団というものは単純な個人の足し算にはならない。グループになったとたん1人では想像もできない行動をとることがある。

例として、暴走族やサッカーファンの暴徒化(フーリガン)などである。病棟の中のスタッフもいわば集団である。しかし退行し依存的になった結果何が起こるのか?それは生贄である

そのメカニズム

  • グループの中に不安が生じる
  • それにより依存的になる
  • その依存が満たされないと今度は分裂(スプリッティング)しようとする
  • そこから対立や抗争が生じたり、特定のメンバーを標的にして全員で攻撃する
  • 結果、グループの分裂を防ぐことになる

このような闘争モードに入り、戦う相手をつくることでグループが一致団結(凝集性)しようとする働きもある。つまり集団が分裂しないために特定の敵をつくるのだ。

病棟での業務は不安の連続だ。依存や退行が生じているのは間違いないのだろう。だからいい大人がワケの分からないルールを振り回し、横暴な態度を撒き散らす。

いずれにしても、今にも分裂しそうな集団(病棟)をつなぎとめるためにスケープゴート(生贄)が必要となってしまっているのだ。

その生贄が新人になるのではないか。

周りの人は何故いじめを止めない?

「最初は普通に接してくれる先輩達もいました。でも今は、その怖い先輩の雰囲気にのまれるというか…。」

「助けてくれない感じですか?」

「そうですね。キツイこと言われるわけじゃないけど、助けてくれるわけでもないです」

いじめを見てきたことがある人なら上記のようなやりとりを見たことがないだろうか?しかし何故こうなるのか?

過去に学校でのイジメを傍観していた生徒達がこうのように言っていたという。

クラスのみんなが「あいつムカツク」と言っていると、それがうつって意地悪な気持ちになる。自分ひとりだとそうならないのに。みんなが言っているから、って理由で自分も同調しちゃう。

周りの雰囲気に引っ張られてしまうのだ。このようにグループは全体として1つの有機体のように動く。みんなで落ち込み、みんなで躁状態になるのだ。「精神看護の基礎 関係の中の人間」より

いじめ加害者の大義名分

「言っておくけど、あんた達のために怒ってるんだからね」

という言葉も耳にしたことがないだろうか?実はこの言葉にも、いじめを誘発するメカニズムがある。

ケアや教育という「人のため」っていう名のもとに情熱を持つ人達の指導は、イジメに変わりやすい特徴もある。

むしろ熱心に指導してるように見えるせいで、イジメとは分からないケースも多い。「教育」「お世話」という形で行われてしまってることもしばしば。

まさに新人看護師の教育の名の下に繰り広げられる構図かも。

部活動内で起こりやすい

団体競技などの部活で「勝ちたい」という気持ちが強くなりすぎた場合、それについてこれない部員に対し厳しいしごきが長期にわたって続くケースがある。

「よい結果」を求めるのは、決して悪いことではない。しかし、いじめられる側にとっては逃げ道が塞がれることになる。そして独りで抱え込み追い詰められてしまう。

病棟も同じだろう。病気からの回復、命を救う。その共通目標を達成しつづけるためには実力が必要だ。そして、それができない新人に対してのいじめが発生する。

元々は学校でのいじめを研究した本でしたが、病院の中でもみられる部分を抜粋してみました。人が集まることで、いろんな作用も生まれることを知りました。

次回はイジメを受ける側の精神的な変化、イジメが起こりやすい集団の特徴、時代などについて触れていきます。

参考文献

いじめの構造―なぜ人が怪物になるのか 内藤朝雄 著

精神看護学[1] 精神看護の基礎 武井麻子 著

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