生徒に辞めてもらう教室経営

先日の「イベント、俺がやらなくてよくない?」という記事の延長で、いま経営しているダンス教室についても触れておきます。

週に6時間だけですが、月収の6割ちかくを占めるダンス教室の経営。ですが、実はこちらも「いずれなくなればいい」と思っています。今回はそれについて

その理由

ストリートダンスはアメリカ黒人文化の中で「遊び」として踊られてきたもの。詳しく書くと長くなるので割愛しますが、ダンスは友達同士で教えあったり、見て盗んだりしていく中で育っていったものでした。

おにごっこやかくれんぼ、お金を払って教わったことはないですよね。ダンスも同じように、日常にとけこんだ娯楽でした。私も最終的にはそこを目指したい、また少しでもそこに近づけたいのです。わざわざ、お金を払って習わなくてもいいと思ってます。

実は私もお金を払ってダンスを習ったことはほとんどありません。

そしてダンススクールは本当に上手くなりたい人が、本当に上手い人のもとで教わるところになればいいのでは。私より優秀な指導者はたくさんいます。だから「別に俺じゃなくてもよくない?」と考えています。

業界の違和感

17年近くダンスをしてきたなかで感じるようになった違和感を、簡単に過剰書きしていきます。

いずれも私個人のスタンスであって、特定の誰かを否定するものではありません。

衣装

当たり前のように衣装を揃えて踊ります。靴まで揃えることもあります。当然、お金がかかります。ステージ映えのためには必要かもしれません。が、最優先事項でもないと思います。

もっと言うなら作品の見栄えは良くなっても、個人のスキルがあがるわけではないので、選ぶ時間やデザインを考えるなどのコストは、個人的には正直しんどいです。

また演出とは言え、子ども達の露出の多い衣装もあまり好きではありません。

上達前提主義

習い始めた時点で「うまくなること」を要求されます。なぜならチームで作品を表現するからです。それが悪いわけではありません。しかし「ただ楽しく踊りたい」という人には窮屈です。

現在は「楽しむだけ」でスキルを過剰に求めない教室もあります。しかし、保護者の中には子ども達に対し、依然このようなスキルを求める傾向があります。

派手な演出

発表会は大きなホールを借りてやる教室が大半。しかしこのような場所でやると、舞台監督、照明、音響など様々なコストがかかります。

演出されたステージがかっこいいのは間違いありません。しかし発表会すべてに必要だとは思わないのです。地元のお祭りでいいのではないのでしょうか。

と、つらつら挙げてみましたが私自身、衣装も買えば、金のかかったステージで踊ることもあります。

あくまで私が教室を運営するにあたって、考えたことです。

こう思うようになったきっかけ

私が子ども向けにダンスを教えようと思ったきっかけがあります。それは「ダンス指導者としての師匠」の存在です。

凄腕の師匠

師匠は私より8歳ほど年下。しかし、師匠が経営するダンス教室は他とは圧倒的に違ったのです。

それは教え子達のスキルが高すぎて、コンテスト総なめ状態だったのです。しかも数人ではありません。10チーム以上の受賞チームを輩出しており、ダンス教室としては異様です。

「かなりのスパルタ指導しているのかな」と思い話を聞くと、指導スタイルは「ほぼ怒らない」。そんなこと可能なのか?

その事実を確かめに、師匠の幼児レッスンの見学に行ったのです。

すると確かに怒ったりしません。どちらかというと、子ども達の注意や関心を引きつつ、やる気を高め、集中力が続かないときは休憩をとったり、ゲームに変えるなど。どちらかというとダンスに費やす時間の方が短い。

しかし、この子達が成長するにつれ、スキルを自分達でぐんぐん伸ばすんだとか。なぜこんな指導方法を確立できたのでしょうか?

師匠の過去

師匠、実は虐待を受けていたと語ったことがありました。いわゆる教育ママ。父親も仕事で不在がちだったとか。そんな生活ながら、唯一の習い事が子役活動。

劇団に所属し、そこの大人達からは非常に可愛がられ、大人の団員さんの家に泊まりに行ったり、一緒に遊びに行くこともあったとか。

それに関しては、母親もは何も言わなかったそうです。そして大学生になったころ「親のことを気にして生きる必要はないな」と思い至ったとか。

そんな経験からか、子どもが何故集中できないか、どうやったら理解できるか、集中力を維持できるかは感覚で分かるようになったとのこと。それがダンス指導に活きていたのです。

乗り越えられたのは大人の存在

精神科でたくさんの患者さんの家族歴をみてきたのですが、師匠のような機能不全家族が多かったのを覚えています。しかし、師匠が心病まなかったのは「劇団でかわいがってくれた大人達」のおかげなのかもしれません。

たまにテレビなどで、元暴走族の社長や、極道だった弁護士や神父・お坊さんなどを見ることはありませんか?大体共通しているのは「人との出会いによって変われた」という経験。

私も精神科での経験を通して、どうにもならない「家族歴」という過去を前には、ただただ無力でした。しかし、ダンスを通して子ども達にとって何かを与えられる大人になれるのではないか?

大げさかもしれまんせが、むしろ、そうすることが「こころ病むことへの予防になるのでは」と考えたのです。私が子どもにダンスを教える理由はここにあります。

これらの観点から「ダンスはもっと日常で楽しまれる方が自然」と考えてます。鼻歌みたいに気軽に楽しめればいいのでは。

そして先ほど挙げた派手な衣装や演出、ステージは、上手くなりたい人やステージで活躍したい人のためにあればいいと思います。

ダンスをする全ての人に絶対必要なものではありません。全てにお金をかける必要なんてないのです。

現在の教室経営

「ということは、ダンスの指導も経営も続けるんでしょ?矛盾してない?」

と思われるでしょう。なので追加で説明させてください。現在の教室の経営についてです。

生徒に辞めることを勧める

これだけ見ると誤解すると思いますが、私のもとで指導したところで、上達するには限界があります。なので実力もやる気もある生徒には他の教室を勧めます。

師匠の教室など、主にコンテストで実績を出している教室です。生徒のためを思えば、私のもとで囲っておく必要は感じません。

指導者不在の自立クラス

練習メニュー、振り付けを全て自分達で考えるクラスを作ろうと思ってます。そうなれば、うまい生徒達が下の子を教えることができます。それが発展すれば、わざわざ教室通わなくてもダンスを習える。そんな環境への一歩だと思ってます。

この考えを与えてくれたのはボトムアップ理論という指導方法で、無名のサッカー部を全国大会優勝に導いた畑喜美夫さんの著書をはじめとした、サッカー育成に関する本でした。

生徒を指導者に

上級生になって一定のスキルを持った生徒達に基礎を担当してもらうつもりです。そうすることで、技術指導は子ども達の中だけで完結できます。

ただ、それを任せられる生徒は今のところいないので、まだまだ時間がかかりそうです。

理想

今後は高齢者クラス、ペアダンスによるコミュ力アップなどの企画を考えてます。いつか近所の子ども達が

「今日は隣町のダンスチームとバトルしてこうぜ!」

なんてことが、当たり前に遊ばれるようになったら最高だなと思ってます。理想はカラオケ並に楽しめるものになってほしいと思ってます。

以上が教室経営に関する私なりの考えです。企業の永続のために更なる消費を促す、などの経済促進がうたわれていますが、私には違和感しかありません。

といっても私は経済学者でも政治家でもない、一介の看護師です。ただの戯言だと思ってください。

ブログのサブタイトルで、私自身のテーマでもある「働くの端っこへ」は人生実験。ダンスもその一部。無駄をそぎ落とす人生が私の命題とさえ思ってます。

もしかしたら数年後、この記事を読んで「顔から火が出るぐらい、あまっちょろいこと言ってるな」と思うかもしれません。

なので僕の実験中継をどうぞ見守りください。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする