30後半の看護師が趣味のダンスで食えるようになった話 episode1

前回、看護師になってからダンスで食べるようになるまでの経過をお話しました。

現在の収入の4割を占めるダンス。30後半になった看護師が、どうやって趣味のダンスを仕事にしていったかお話します。 そもそもの話を遡れば...

今回はダンスを始めてから看護師になった頃までのお話。「ダンスを続けるために尽力していたこと」について書きます

いつからダンス始めたの?

ダンサーとしては遅めの21歳でした。当時、夜中にやっていたダンス番組を録画し、ひたすらマネをする生活を1年ほどしていました。観過ぎてテープ切れた

その後、近所の大学にダンスサークルがあると聞き即入部。周りは年下ばかりでしたが、踊れる喜びに換えられないので全く気になりませんでした。

この当時、看護学校3年生(4年目の3年生なので22歳)。ここで普通の大学生と関わるようになったことも後の人生に影響を与えてくれました。

国家試験合格したけどフリーターに

看護学校での生活に嫌気がさしていた私。特に学校の教員や、実習指導者が好きになれず

「絶対、こいつらみたいにはなりたくない」

「このまま就職したら一番なりたくない大人になってしまう」

と厨二病のような思考に陥っていました。結果的には良かったけど

加えてサークルでの活動が楽しすぎて、国試合格後フリーターになることを決意。サークルの同期が卒業する時に就職しようと決めました。

結局、そこには4年間在籍。そこでの活動を通して都内の大学ダンスサークル(ブラスタのメンバーともここで出会った)とも関わるように。

この頃は看護師よりも普通の大学生とつるんでる時間がほとんどで、充実したフリーター&ダンス生活を送りました。

就職しても続けたダンス

その後、友人が勧めてくれた病院に就職。そこは近年まれにみるホワイト病院。

  • 残業なし
  • 休み希望通る
  • 有給フル消化

仕事のあとは踊る毎日を過ごせていたのです。ちなみに1年目のとき、ディズニシーへの出演が決まったときは、病棟総出でシフトを調整してくれました。ほんと感謝

その時の映像

結婚してもつづけたダンス

29歳ぐらいでしたが、結婚後もダンスの時間は死守。妻は土日を踊りに費やすことをよく思っていませんでした。ちょいちょいケンカになることも。

しかし振り切りました

第1子が生まれても続けたダンス

第1子が生まれてからもダンスの時間は死守。妻は土日を踊りに費やすことをよく思っていませんでした。ちょいちょいケンカになることも。

しかし振り切りました

第2子が生まれても続けたダンス

第2子が生まれてからもダンスの時間は死守。妻は土日を踊りに費やすことをよく思っていませんでした。ちょいちょいケンカになることも。

しかし振り切りました

第3子が生まれても続けたダンス

第3子が生まれてからもダンスの時間は死守。妻は土日を踊りに費やすことをよく思っていませんでした。ちょいちょいケンカになることも。

しかし、

振り切りました

なぜダンスを続けられたか

中高と部活に入ってないどころか、ほぼスポーツをやってこなかった私が、人生唯一ハマったもの。それがダンス。

そのため「踊れるなら何でもする」思考で日々行動してたのです。そのためにやってきたことを挙げていきます

社会人になる直前にチームを組んだ

踊り続けるためにはチームが必要です。なぜか?単純に一人でやってても作品は創れないからです。

当時、固定チームを持っていなかった後輩達に声をかけチームをくみました。

ゲストチームとして出演を重ねまくった

当時、社会人になっても踊り続けているのは非常に稀でした。しかも、実力あるメンバーだったのでそこそこ名の知れたチームだったのです。

そんなこともあり、沢山の大学ダンスサークルのイベントから出演依頼を受けるようになりました。

ここからが重要なのですが、実はこの頃、ギャラ(出演料)は一切受け取らないようにしておりました。

ギャラを受け取らなかった理由

ギャラを受け取らないかわりに、主催する大学ダンスサークルに毎回伝えていたのが

ギャラは要らないから、次もゲストで呼んでほしい

ちなみに、その時もギャラは要らない

他の大学ダンスサークルにもうちのチームの宣伝をして欲しい

この3点を伝えていました。それは何故か?

  • 大学ダンスサークルは予算が少ない
  • だから、ギャラがかからないチームはありがたい
  • こっちは、とにかく踊り続けていたい。そのためには出演機会が必要
  • 結果、Win-Win

結果、どうなったか?

こちらも単純明快で、

出演機会が増える

=場数が踏める

=ダンススキルアップ

有名チームをゲストとして呼ぶにはお金がかかります。でも主催者側としては盛り上げたい。

「あ、シーサーさんのチームどうだろ?」となります。コスパがいいからです。僕らは出演機会が増えるたびにモチベーションもスキルも上がり、活動にも熱が入ります。

ダンサーがダンスを辞めていく理由

それは「踊る機会がない=人前で見せる機会がない」です。実力のある先輩達がやめていった大きな理由はこれだったと思います。

そしてステージに出演するためにはお金がかかります。チケットノルマです。だからこそ、お金がかからない出演機会をいかにして創りだすか?これにこだわっていました。

その結果、当時としては珍しい「社会人ダンスチームのパイオニア」(※自称)に。ダンスイベントに限らず、舞台公演やダンススクールの発表会、映画のPRイベントにも呼ばれるようになりました。

今回の内容をシンプルにまとめると

俺はダンス馬鹿

だということがお分かりいただけたでしょうか?ほんとそれだけです。前回に引き続き申し訳ありません。

あまり意識していなかったのですが、当時はいかに相手の気分を良くなってもらい、自分達に返ってくるようにするか?このようなことを考えていたと思います。

ギャラを受け取らない代わりに提示した条件なんかがそうですね。いわゆる最近流行の信用創造に近いのかもしれません。

今回は省きましたが「振り切り続けた家族の不満」にもちゃんと対応していきました。これについては次回。

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